連載「脳力のレッスン」世界 2008年12月号
北京五輪後の中国—その立ち位置の変化
「百年夢想」といわれたオリンピックを実現し、中国は「燃え尽き症候群」のような気分の中にある。なんとか成功裏にやり遂げたという達成感と晴れがましさの余韻を味わっているようだ。「百年夢想」とは、天津南開大学の創立者である張伯苓が、清朝末の一九〇七年に中国のオリンピック参加を提議したことに発し、翌年の雑誌『天津青年』に「中国はいつオリンピックに選手を派遣でき、金メダルを取れるか、いつ中国で開催できるか」という三つの問いを寄稿したことに由来する。一八九六年にアテネで近代オリンピックの第一回が開催され、パリ、セントルイス、そして一九〇八年のロンドンで第四回大会が開かれようとしていた頃であった。
注目すべき胡錦濤主席の総括
九月二九日、北京でオリンピック総括顕彰大会が開催され、北京五輪に貢献した関係者への感謝が表明された。その総括講話の中で、胡錦濤国家主席は「中国は世界に対して人類文明の発展に貢献できることを示した」と述べ、「中華民族の偉大な復興途上の一つの歴史的節目」と総括した。注目したいのは、「中国人民」でも「中華人民共和国」でもなく「中華民族の復興」という言葉を使ったということである。
胡錦濤が「中華民族」を強調する理由は何であろうか。一つには五族共和、つまり漢族、満州族、蒙古族、回族(新疆のイスラム系民族)、チベット族などが力を合わせてオリンピックを成功させたという「内への配慮」である。孫文は五族共和をメッセージとする五色旗を辛亥革命後の中華民国の国旗とした。国民政府の流れをくむ台湾(中華民国)は青天白日満地紅旗を国旗としているが、本土の中国および台湾にとっても「国父」である孫文の五族共和を持ち出したところに深い意図が感じられる。もう一つは、大中華圏を睨んだメッセージということである。つまり、香港、シンガポール、台湾などのイデオロギー体制の壁はあっても産業的に連携を深めているゾーンにおける中華系の人々、さらには大中華圏のみならず世界中に展開する六千万人を超すといわれる「華僑」「華人」とよばれる人々に対して、中華民族の隆盛を訴える意図があることは間違いない。開会式のシーンを思い出して欲しい。延々と続いたショーの中身は「世界四大発明、すなわち、火薬、活版印刷、紙、羅針盤はすべて中華民族が生み出したものだ」というものであった。中華思想極まれり、というべき自己主張なのだが、世界に展開している中華系の人々の琴線に触れるメッセージなのである。
シンガポールの元首相で上級相のリー・クアンユーがフォーブス誌(日本版)の本年の九月号に寄稿していた「中国は『いい国』か『悪い国』か?」は、世界における華僑の心理を投影する印象的なエッセイだった。北京五輪に向けて、チベット問題を巡る世界の批判が中国に投げかけけられている渦中における発言であり、リー・クアンユーは「チベットに抱く西側の人々のイメージは『ロマンチックな理想郷』であり、『ヒマラヤとダライ・ラマ』の地だ。しかし、中国にとってのチベットは『封建社会』であり、『後進地域』なのだ。中国はチベットを支配して以来、インド的な身分制度や農奴を廃止し、医療施設、学校、道路、鉄道、空港などを作り、少なくともチベットの生活水準を上げてきた」と語ることによって西側メディアの中国批判を牽制する。もちろん、近代国家シンガポール建国の父として実績を持つリー・クアンユーは単純な中国擁護だけではなく、「中国は、自らが近代国家であることを示さなければならない」とも述べる。中華民族としての共鳴を潜在させながら中国の進化と成熟を望むというのが、大中華圏における華人に共通する微妙な心理だといえよう。
グルジア問題への沈黙の意味
八月八日、北京五輪の開幕と時を同じくして、南オセチアを巡りグルジア問題が噴出した。一九九一年のソ連崩壊によって分離独立していったCISといわれる地域に対して、ロシアが再びグリップを強めていることを象徴する出来事である、コーカサスの南にまでロシアが直接的軍事行動をとってきたことの衝撃は大きかった。ブッシュ大統領が「力での恫喝は、二一世紀の外交では許されない」という声明を出し、世界の識者は、「それではイラク戦争は何だったのか」と苦笑いしたが、米国もNATOも「グルジア支援で動かないし、動けない」という事実は、NATOおよびEUへの参加を求めているウクライナ、グルジアのみならず、中央アジア諸国へのロシアの強烈な牽制であり、ユーラシア大陸の中心部の秩序が急速に流動化していくことを暗示するものであった。
ロシアの強硬姿勢の背景には、石油と天然ガスなど化石燃料の生産力が世界一のレベルになり、外貨準備高が五八八三億ドル(七月末)になるという「自信回復」がある。「エネルギー帝国主義」という言葉が登場するほど、プーチン前大統領はエネルギー産業を国策企業化することでロシア経済を甦らせた。その代表格たるガスプロムのトップだったメドベージェフを大統領にし、自分は首相に就くという驚くべきシナリオを展開したのだが、今回のグルジアでの軍事行動の推移は改めてプーチンの主導力を見せつけ、ロシアの実効支配者が依然プーチンであることを再確認させたといえよう。
グルジア問題を巡る中国の不気味なまでの沈黙は、注目に値する。中国外交部報道官の記者会見の推移をみても、「関係各方面が対話と協議によって問題を適切に解決することを希望する」と言い続けるのみで、どちらかを支持するという発言はない。八月二七日の上海協力機構の首脳会議の際の会談で、メドベージェフ大統領がロシアの立場を説明して指示を期待したのに対する胡錦濤の発言も「対話を通じた適切な解決を期待」という慎重な姿勢から踏み出すものではなかった。
翌二八日の上海協力機構「ドウシャンベ宣言」では「当該地域の和平構築でロシアが果す積極的な役割を支持する」が、ロシアにより南オセチア、アブハチアの独立承認には言及しなかった。中国は注意深く国際社会の動きを見極めていたといえる。意外な展開が待ち構えていた。力の外交への国際社会の反応は厳しく、その後の一ヶ月でロシアからの投資の引き上げが始まり、九月末までに五〇〇億ドル以上の資本逃避が起きた。ルーブルは急速に下落し、ロシアの首脳部は「ロシア経済も国際社会から孤立しては生きていけないこと」を思い知らされた。それは中国にとっても大きな教訓だった。
グルジア問題を「新冷戦の時代」としてとらえ、新たなる東西対決の時代の到来と見る議論もある。だが、この認識は正しくない。経済の構造がグローバル化する中で、いかなる国も国際社会との相互依存構造に配慮せずには存立しえない時代を迎えている。「冷戦後の唯一の超大国」とされた米国の世界管理能力が急速に衰え、真の意味でのグローバル化(極構造の分散)が進行しつつある今、国際協調は理念としてではなく不可避の現実となりつつある。五輪を巡る海外からの視線の厳しさ、そしてグルジア問題の推移を通じ、中国は世界の相互依存の過敏性という現実を学習しつつある。
サブプライムローン問題に端を発する世界金融不安の波及もあり、中国経済も急速に陰りをみせている。七〜九月期(第3四半期)の実質成長率は年率九・〇%と、二〇〇三年以降続いてきた一〇%以上の成長軌道からの減速を示した。
確かに八月以降、中国の経済は下降局面に入った。輸出依存の経済体質の弱点が見え始めたという面もある。内需についても、増え続けていた自動車販売台数が急落し、一千万台を超すとの予想が九五〇万台止まりかと言われてもいる。ただ冷静に考えるならば、中国の自動車販売台数は、ほぼ日本の二倍、ほぼ米国のレベルに迫っており、〇三年の四三九万台から、わずか五年で倍以上にもってきたということである。
この購買力を支える市場を考えるならば、人口の二%とされる富裕層が実数で二六〇〇万人、さらに上位中間所得層(アッパーミドル層)が人口の八%程度と推定しても約一割、一・三億人が自動車購買層となってきたということである。
中国経済に不安要素が高まっていることは確かだが、この国の懐の深さが世界経済を支える要素になっていることも否定できない。新興国という立場から、世界経済に責任を共有する立場へと中国も立ち位置を変えつつある。

